山に登ること

俺は山に登ったりする。

たまにだけど。

 

一人で登ったりすることもあるけど、基本はいつも友人と登る。

山に登るのは大変だ。

よく人から、そんなに苦しいことして何が楽しいの?

と聞かれるが、

頂上に着いた時の感動と、達成感は格別だ。

頂上で友と交わすビールと山メシ。

最高だ。

 

人生における山登りはどうだろう。

価値観を共有できる仲間達と、めちゃめちゃ高い、まだ誰も登ったことのないような山に登ろうとする…。

頂上を目指すならいろいろな障害がつきまとう。

苦しいし、道は作られていない。簡単じゃない。

その山がエベレストみたいに高い山なら

人は、「無理に決まってる」と笑うだろう。

 

それだけじゃない。

道を踏み外して失敗することもある。

実際の山なら死ぬことも…。

だから反対もある。

家族は言うだろう。

「そんなバカなことはやめろ」と。

「好き勝手して、夢みたいなことにうつつを抜かしてないで、まともに生きろ」と…。

 

山に行ったら何日も帰れない。

その間、残された家族に負担もかかる。

自分だけ夢みたいなこと言って楽しんでる訳だから、家族とはいえ、妬みや苛立ちもあるだろう。

挙句の果てに、頂上に辿りつけず、道を踏み外して失敗するかもしれない。

 

家族は反対する。

ちゃんと家庭を顧みろ、と…。当然かもしれない。

それでも登りたいから、家族に理解を求める。

「自分の人生だから好きなことをやりたい。もちろん、家族の事は考えている」

しっかりと、なぜその山に登りたいのか、なぜそんなバカげた挑戦をしたいのかを話す。

 

答えは簡単。

それは自分がやりたいことだから。

自分が選んだ道だから…。

 

では、一緒に登る友人はどうだろう。

友人も同じような悩みを抱えていて、俺と山に登る事に対して家族の猛烈な反対があるとしたら…。

友人は、とても家族の理解が得られる状況じゃない…。

ではどうするか?

友人は俺や仲間と山に登りたい。だけど家族の反対がある。

俺はその友人と山に登りたい。頂上を目指したい。

ではどうする?

 

俺はその友人の家族に何て言う?

「その山には間違いなく安全に登れます。だから旦那さんが私と一緒に山に登ることを理解してください」…。

 

それは言えない。

だって山は安全じゃないから。

死ぬ可能性も多分にあるから。

そんな危険なモノに、一家の大黒柱を誘い出そうとして、家族を説得する…?

それは無理だ。

俺にはその責任は取れないし、そもそも山は自己責任だ。

山に登ると決めるのはその本人でしかない。

「一緒に登れたら素敵だと思っている」とは言えても

「一緒に登ってくれ」とは言えない。

 

人に何と言われようと、選択はいつだって自分が選んだもの。

そして人生はその結果でしかない。

自己責任。

山も人生も、何でも…。

 

だから俺は、友人の家族に対して

『旦那さんと一緒に山に登りたい。それを許してもらいたい。分かっていただきたい』とは言えない。

 

友人がその道を選んでくれるなら、それはその本人が切り拓き、乗り越えるものだから。

 

 

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です